2011年3月1日火曜日

入試問題流出ストーリー

大学受験——それは青春時代における重要な試練。多くの若者が、受験に涙し、憤り、喜び、悲しみ、人生の階段を一つ、上がってゆく。

現在、日本の大学は全入時代を迎えたとはいえ、上位校ではまだまだ熾烈な競争が行われている。そこには受験生の数と同じだけのロマンがある。そしてそのロマンのうちのいくつかは、常識の範囲を逸脱したものである。


2011年2月某日早朝、某大学キャンパスにて。

「いいな、練習通りやるんだぞ」
「わかってるよ、マサキくん」

受験生が集まりはじめたキャンパスの一角で、男子高校生二人がぼそぼそと話をしている。

「これなら絶対、わからないよな」

マサキはかけている黒縁メガネをくいっとあげた。そのメガネのフレームの右側には小型カメラが内蔵されており、耳の後ろ側からはコードが伸びて、ズボンのポケットに入っている無線の送受信機に繋がっている。さらに右耳にはイヤホンが装着され、こちらも受信機と接続されている。

「バレっこないよ。どこから見ても」
「受験が終わったら、すぐに髪切りにいきたいな」

マサキはコードとイヤホンを髪の毛で隠すため、もう半年ほど散髪に行っていなかった。しかし鬱陶しい長髪とも、あと一ヶ月足らずでさよならできるのだ。大学に、合格しさえすれば。

「ぼく、書き写し間違えないように、がんばるよ」

タカノリは8ヶ月前に買ったモバイルフォンを握りしめた。

二人の計画が、あと40分後に実行されようとしている。半年以上暖められ、練られ、用意周到に準備された計画が……。

試験会場からリアルタイムで問題を外部に伝達し、解答を用意し、それを再び試験会場内に伝える。この作業のために必要になるタカノリの側の機材は、動画受信用モニターと携帯電話とマイクである。動画で問題を飛ばし、携帯で解答を入手、そうして音声で解答をマサキに伝える。二人の計画は、この三段階からなっている。


はじまりは去年の5月。クラスがにわかに受験ムードを深めてきた時期のこと。

マサキの偏差値は、志望校のレベルにまったく届いていなかった。模試の結果はすべてE判定。そこで、どうすれば、バレずに、効率的に、短時間で、正確な解答を試験中に知ることができるのかを考えた。実力と合格ラインの差を埋める、奇跡のような一手はないだろうか。

協力者が、最低一人は必要だという結論に至った。

携帯にせよ電子辞書にせよ、そういう道具を持ち込んで使う場合にはボタン操作と画面を見るという行動が必要不可欠になる。その二つを試験会場で行うのはきわめてリスクが高い、というか、ほぼ不可能である。

頭の中で、そんなことをぼんやり考えていたある日、マサキがテレビを見ているときに、バラエティ番組で小型カメラが紹介されていた。芸人が「小さい!」「絶対気づかない!」と口々に感想を述べているときに、マサキは気づいた。

これを使えば、試験中でも難なく解答を入手できる、と。

マサキは早速、小型カメラのカタログを取り寄せ、計画を押し進めていった。ここで第一ステップの「動画で問題を外部に飛ばす」ことはクリア。さらに、外部の「協力者」が自分に解答を伝える方法も、画像を使うのはなしという条件で考えれば、消去法的に音声伝達に絞られる。イヤホンから流れ出る小さな音が他の人に察知される危険はほとんどない。

では、肝心の協力者はだれが適任か。

マサキは、幼なじみのタカノリを部屋に呼び、全計画を打ち明けた。

「ぼく、無理だよそんなの。そんな難しい大学の問題解けないもん」

タカノリは首をふるふると横に振った。

「ばか。お前に解けなんて言ってないだろ。答えはネットでだれか頭のいい人に教えてもらえばいいんだよ」

「だったら他の人に頼んでよ。ぼくはやだよ」

「お前しかいないんだよ。そりゃ、予備校の先生とか優秀な大学生に頼んでそいつに解いてもらった方が早いし確実だけどさ、こんなこと頼めないだろ。お前は携帯でネットの掲示板か何かに問題をそのまんま書き込んで、答えをマイクでおれに教えてくれればそれでいい。それくらいできるだろ?」

「だけど……」

「心配するな。この計画のどこにも落ち度はない。とりあえず、これから少しずつ練習していくから、そのつもりでいろよ」

「うーん……」

それからの数ヶ月、たびたびマサキはタカノリを部屋に引っ張ってきてはカンニングの練習を続けた。その中で少しずつ、二人のあいだでなりたつ方法が確立されてきた。試験会場内のマサキとその外にいるタカノリが意思疎通を図るのは簡単だった。マサキは問題用紙に「分からない」「もう一度読め」といったメッセージを書いてカメラで映せばよく、タカノリは普通にマイクに向かってしゃべればいい。筆談と音声によるこの方法は完璧だった。

夏が過ぎ、秋へ。秋から、冬へ。マサキの学力は思うようにあがらないまま、受験の季節を迎えた。


「それじゃ、もう行くから」

マサキはそう言い残して、他の受験生に紛れて試験会場となる建物へと姿を消した。その長い髪の後ろ姿を見送ると、タカノリは会場からやや離れた、目立たない場所にある冷たいベンチに腰掛けた。

周りを見回すと、予想通り、受験生以外の人もいる。きっとこの大学の学生なのだろう。これなら、試験時間中に自分がここで携帯をいじったりしてても目につくことはない。タカノリは安心してほっとため息をついた。

試験開始時間10分前、タカノリはジャンパーの口元にピンマイクを取り付け、膝の上に小型モニターを用意して、携帯をネットにつないだ。

「もしもし、聞こえますか?」

とつぶやくと、小型モニターに映されたマサキの右手がピクッと動いた。「オーケー」のサインだ。

それからほどなくして、「はじめてください」という試験官の声が、緊張した教室の中に響いた。


計画はすべて首尾よく遂行された。試験官に怪しまれることは一切なく、ネットでは練習通り速やかに解答が寄せられた。マサキ自身も、タカノリが読み上げる解答を記入することができた。すべては完璧だった。今後の他の大学の受験でも、きっと同じようにやれるだろう。

マサキとタカノリは達成感と自信に満ちあふれて、大学を後にした。

すべては完璧だった。

ただ一つ、ネットへの書き込みを即座に消去しなかったことを除いて。


この日記はすべてフィクションです。実在の人物、団体、事件などには一切関係ありません。あと、カンニングはしてはいけません。