2013年5月27日月曜日

エイモス・チュツオーラ

この空白の一年半、ほぼ出会いがなかった。むしろ、以前からの友人とは疎遠になり、社交の範囲はかなりせばまってしまったほどだ。悲しいことである。

しかし、そんな実生活での孤独とはうらはらに、書物の世界ではきわめて衝撃的・印象的・感動的な出会いがあった。その出会いの相手とは、ナイジェリアの小説家、エイモス・チュツオーラである。

何かの本で、保坂和志という人がチュツオーラを紹介しており、少しは興味を持っていたのだが、昨年の秋頃だったか、チュツオーラの処女作にして代表作『やし酒飲み』が岩波文庫に加えられることになった。「よし、そんなら安いことだし、読んでみよう」と思って書店で手に取り、帰って読んでみたら、ものの二十頁ほどで完全に魅了されてしまった。

この作品をどう説明したらいいのだろう。一応、「小説」ではあるのだけれど、欧米や日本のいわゆる小説とはまったく趣が違う。心理描写なんてほぼないし、詳しい情景描写もない。セリフもそんなに多くない。そんなら何が書いてあるんや、というと、ひたすら「こんな奇妙でおもろいことがあった」ということが書いてあるのだ。

たとえば、主人公は死んだやし酒作りの名人を死者の町から連れ戻すために(ここでもうかなりキてる)、旅に出るのだけど、途中、死者の町の場所を知るために、ある夫婦に道を尋ねる。けど、その夫婦は(この夫婦は神なんだけど、でも主人公は神々の父なのだ)、すんなり教えてはくれず、「教えて欲しいなら死神を捕まえてこい」という。で、主人公は死神を捕まえにいって、撲殺されそうになりつつも、結局落とし穴に死神を落として捕獲に成功するのであった。

とまあ、突拍子のないユーモアたっぷりの展開がずっと続くのだ。他の作品もだいたいそうで、何かをめざして旅に出て、その道中でぶっ飛んだ出来事に見舞われるというのが基本構造。

とにかく普通の小説とは違って、比喩表現をはじめとしたレトリックはほぼないし、リアリズムの欠片もないし、既存の文学の影響もほぼ見られない。強いて言えばホメロスの『オデュッセイア』やL.キャロルの『不思議の国のアリス』に似ているが、でもそんなに似てない。絵画の世界ではアウトサイダーアートというものがあるが、チュツオーラはまさにアウトサイダーの小説家。ぽっと出て来て、他のアフリカの作家にさして影響を与えるでもなく、消えて行ったのだ。

『やし酒飲み』以外だと、『ブッシュ・オブ・ゴースツ』と『妖怪の森の狩人』、それに『薬草まじない』がおもしろい。『薬草まじない』は後期の作品で、評論家のあいだでは今ひとつの位置づけらしいが、私としては『やし酒飲み』と並ぶくらいおもしろく読めた。<頭の取り外しのきく狂暴な野生の男>と<ジャングルのアブノーマルな蹲踞の姿勢の男>の二人が実にしつこくて怖くて、でも滑稽で愉快だ。

次の一年半では、この二人みたいな変わった人物とリアルで出会いたいものである。

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