2013年5月28日火曜日

マンホールに落ちて

ある日、少女がお外を散歩していると、マンホールが開けっ放しになっていて、うっかりそこへ落ちてしまった。

「いったいどこの誰がマンホールの蓋をしめ忘れたのかしら。危ないったらないわ」

少女は落ちながらぷりぷりと怒っていた。

「だけど、意外とマンホールの穴の中は落ちるのが遅いものね。ビルから落ちるのとは大違い」

なんて考えていると、やがて底へ到着。

目の前には細い通路が伸びていたので、そこを先へ先へ進んでいった。すると少女は、ついに暗く湿った場所から脱出して、草原へ出て来た。

「あれ。あたしは地下深くにきたはずなのに、どうして草原があるのかしら」

少女は不思議に思った。そこは、まるで地上のように明るくて空気が澄んでてひろびろとした場所だったのだ。

「よう、お嬢ちゃん」

ふいに、まっ黄色の肌をしたつり目ではだかの人が、少女に話しかけてきた。

「きゃっ!」

もちろん、少女はおどろいた。そんな黄色い人間なんて、これまで見たことも聞いたこともなかったからだ。おまけに、服は着てないしなんだかにやにや笑っているときたものだから、思わず叫んじゃったってわけさ。

「おどろかなくてもいいだろ。お嬢ちゃん、どこから来たんだい?」
「あ、あの、あたし……」少女はおずおずと答えだした。「上の方よ。マンホールから落ちて、それで、ここまで来ちゃったの」
「なるほどね」

それから、黄色い人は少女の姿を上から下までじっくりと眺めた。

「なにか?」
「いや、どうもあんた、変わったかっこうをしているね。なんだいその、全身に巻いてある薄い布は?」
「布? これは、Tシャツよ。下のはジーンズ」
「なんだかじゃまくさそうだね。上の方ではそんなのが流行ってんのか」
「流行というか、ずっとむかしからよ」
「そうかい。不思議なこともあるもんだねぇ」
「そんなことより、上へ戻る方法を教えてくれないかしら? はやく戻りたいの」
「なぜ?」
「今日はあたしの誕生日で、夕方にはお友達を招いてパーティーをするのよ」
「なに、誕生日!」黄色い人はおどろいて言った。「いくつになるんだい?」
「十四歳よ」
「では、いまは十三歳という計算になるな」
「そうよ」
「で、生まれたときは何歳だったんだね?」
「え?」

少女は質問の意味がわからなくて、小首を傾けた。

「だから、生まれたときは何歳だったんだい?」
「そりゃ、ゼロ歳よ」
「なに!? ゼロ歳にしてもう外の世界へ出て来たというのかね、きみは! なんというせっかちなんだ」
「じゃあ、あなたは何歳で生まれてきたの?」
「おれが生まれたのはもう二十四歳になってからさ。だから、まだ生まれてから四年しかたってないんだ」
「でも、二十四年間もお母さんのお腹の中にいたら、さぞお母さんはたいへんだったでしょうね」

少女はそうやってあてこすりを言った。でも黄色い人はぜんぜん気にしているふうもなかった。

「だと思うだろ? 生まれてすぐ、おれは遅れてすみませんてあやまったさ。でも、遅れたおかげで母乳をやったり寝かしつけたり学校にやったりものを買ってやったりせずに済んで、むしろ助かったんだとさ。意図せざる孝行息子というわけだ」
「そう。ならいいけど……そうだ。そんなことより、どうやって上へ戻ったらいいの?」

少女はようやく本題を思い出して、あらためて訊いた。

「そうさな。上へ行くなら、あのネズミ野郎にたずねるのがいい。たしかいま、あいつはヤマジョギョを上へぶっ飛ばそうとしてるはずだ」

それから少女は、黄色い人に連れられて、草原の上を三十分ほども歩いた。すると、やがてちょっとした林が見えてきて、その手前には、銭湯の煙突のようなものが立っていた。そのてっぺんには何やらカエルみたいなものがはまり込んでいて、顔だけを出していた。

そして、煙突のようなものの周りには、足場のようなものが竹で組んであって、下の方には、少女の身長の五分の一くらいの生き物がちょこまかと忙しそうに走りまわっていた。

「ようネズミ、元気か?」
「おう、元気さ。わかったら今日は帰ってくれ。いまから打ち上げなんだ」
「うまくいきそうかい?」
「ああ、ばっちしだよ。わかったらさっさと帰ってくれ」

黄色い人は顎を上げて、煙突のてっぺんを見た。少女もならってそうした。上からは、あの変な生き物がぬぼっとした顔でこちらを見下ろしていた。

「あれが、ヤマジョギョっていう生き物なの?」
「ああそうさ」
「どうしてヤマジョギョは上へ行きたがってるの?」
「別に、行きたがってやいないさ。ただ、ネズミの実験台にされてるんだよ。お、そら、もうすぐ発射だぞ」

そのとき、ネズミがしっぽの先でマッチ棒をこすり、煙突の下から伸びる導火線に点火した。火はジリジリと導火線を伝わっていき、煙突の中へ隠れたかと思うと、ドッカーンッ! ものすごい音がして、ヤマジョギョが発射された。

ヤマジョギョは、牛のような低い声で叫び、手足をじたばたさせつつ、空の彼方へと飛んで行った。大きな体をしていたはずだが、ものの三秒で、ヤマジョギョは少女たちから見えないほど遠くへと消えて行ってしまった。

「よう、この変な布に巻かれた奴をだな、こいつで上へ飛ばしてやってくれなねぇか?」
「ええ? こっちは今一仕事終えたとこだぜ。やなこった」
「そこを助けてやってくれよ」
「なら、明日だ。明日やってやるよ」
「それじゃだめなの」少女は口を開いた。「今日はあたしの誕生日パーティーだから、今日中に上へ戻りたいの。お願いできないかしら」
「ちっ。困ったな。もう火薬がないんだ。今日中に打ち上げってんなら、今日中に火薬を調達してこなくっちゃならねぇ」

ネズミはめんどくさそうに言って頭をぼりぼりと掻いた。そして言うには、

「もし今日中に戻りたいってんならな、こいつで打ち上げるんじゃなくて、ジハンキモドキの巣へ行け。あそこに行きゃあ運び屋がいるから、いいルートを教えてくれるだろうよ」
「ジハンキモドキって? なにそれ?」
「行きゃあわかる。あとは黄色いのに案内してもらえ。おれは忙しいんだ。さっさと行け」

こうして少女は追い返されるようにして煙突をあとにし、黄色い人といっしょに歩き出した。ジハンキモドキなるものの巣をめざして……。


(たぶん、つづかない)

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