2015年10月15日木曜日

「を」入れ言葉よ滅びろ

「を」入れ言葉が気に障る。

いつからか、「を」入れ言葉がはびこるようになった。むかしはほとんどなかった。使い始めたのは政治家らしい。「皆様にご支持を頂いて」「議論をしているところです」「整備をして」「予定をする」「開始をする」などなど、「を」が至る所、はびこるようになった。

元来、こんな「を」どもは要らなかった。なくてよかった。なのに、なぜだか政治家は「を」を好んで使うようになった。それからしばらくし、一般の大人たちも使うようになった。なぜだか、改まった場面であればあるほど、「を」は顔を出すようになった。なくてもいいのに、こいつは二字熟語と見ればどこへでもくっついて出てくるようになった。

先日も、JRの駅で電車を待っているときのこと、駅員はこんなアナウンスをした。「間もなく、貨物列車が通過をいたします」。私は、目の前を横切る貨物列車を眺めながら、それが引き起こす風を浴びながら思った。「通過します、でいいではないか」と。しかし、電車は「通過を」していった。

はなはだしきは、二字熟語以外のものにまで膠着する「を」である。「お願いをいたします」「お詫びを申し上げます」「びっくりを致しております」などなど。最後のものなどほとんどギャグである。内館牧子『カネを積まれても使いたくない日本語』で紹介されていた用例だ。「びっくりを致す」。計算でやっているなら尊敬してしまうほどのセンスである。

とにかくこの「を」入れ言葉がきらいなのだが、なぜかって、この言葉の変化には合理性が欠片もないから。「ら」抜き言葉はよかった。あれはすばらしい。なるべく言葉を短くすると同時に、意味の細分化まで実現していたからだ。「ら」があれば受身と尊敬、「ら」抜きなら可能。この変化は日本語に豊かさをもたらした。ところがどうだ。「を」入れは無用な一文字をあちこちに挿入し、意味には一切の変化をもたらさない。おまけに、「議長を拝命を致しました」のように、目的語の連続という醜悪な現象まで引き起こしたのである。

なぜか分からないが、改まった雰囲気であればあるほど、ひとは言葉を不要にながくしたがる傾向があるようだ。「させていただきたいと思います」のたぐいもそれと同根だろう。そういう言葉がきらいだ。余分な「を」どもよ、滅びろ。

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。